卑怯

制服の上にコートを羽織ってくる生徒が増えてきた。 巻いてきたマフラーをはずして、机の横の鞄に突っ込む。 俺もそろそろ、コート着てこようかな。
「おはよう」
「お妙さん今日も麗しぶっ」
志村姉が弟とともに教室の扉を開けて、近藤さんが朝一番の拳を受けた。
「いやあ、お妙さんの美しさはこの寒さにも負けてないな」
「意味分かんないですよ」
頬を擦りながら近藤さんは嬉しそうに言う。
比較になっていないことはたしかに意味が分からないけれど、 実はコートを着てマフラーも巻いているのに、短いスカートで生足を出していることのほうが
俺にはよく分からなかったりする。 志村姉だけじゃなくて、ほかのほとんどの女子がその格好なわけだけど。
神楽さんと柳生さんはスカートの下にジャージを履いていて、 見た目はともかく、俺はそちらのほうが利口なんじゃないかと思う。
だって生足なんて寒いでしょ。
おれは生足フェチでもないし。
「あ、おはよう
「おはよ、今日寒いね」
またひとり生徒が入ってきて、入口付近にいた女子が少し騒がしくなる。 ちらりとそちらを見ると、女子の輪の中にのタイツ姿が見えた。
(うわ、やらしー)
スカートの下に伸びる黒い足は、うっすら肌の色を透かしていて、 周りにいる生足女子たちよりよっぽどやらしく見えた。
「めずらしいネ、タイツ履いてきたアルか?」
「うん。一回紺ソで家出たんだけど、寒すぎたから履き替えてきちゃった」
「似合ってるネ」
「ありがと神楽」
タイツだったら、脱がすんじゃなくて破くほうがいいよなあ。 AVみたいに制服もなにも脱がさないで、タイツだけ破いて、みたいな。

「ちょ、ちょっと。タイツ破けちゃう、」
「破こうとしてるんだよ」
「は?やだ、帰りどうすんの、やめ、あ。ばかっ、」
「俺の服着て帰ればいいでしょ」
「あ、んん、じゃあせめて制服、脱がせて」
「着たままするのがいいんじゃん」
「は、ばかじゃない。皺になっちゃ、ん、あん、」
「アイロンかければ。ていうかそろそろちょっと黙って」
「っん、う、」
、」
「んん、山崎、やまざき、」


「山崎」
「ん?」
ふと顔をあげると、が俺の机の前で首を傾げていた。
「なんども呼んだのに、完全にどっか行ってたね」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「そう。進路とか?」
「まさか、くだらないことだよ。それでなに?」
「なにが」
「呼んでたんでしょ、俺のこと」
「あ、うん。おはよう、って言おうと思って」
「なんだ。わざわざありがと」
「ううん、前後の席のよしみよ」
「なにそれ」
「あはは」
彼女でもなんでもない、ただのクラスメイトを脳内で犯していると知ったら、はどう思うかな。
「おはよう
「おはよう山崎」
その対象が、自分だと知ったら。なんて。
無垢な笑顔を残して自分の席に座るに、俺の思考がばれることはない。

そして妄想が実現することも、たぶん永遠にないんだろうと思う。

(2011,2,3)