たゆたう。溶ける。
狭い湯船の中に、大人がふたり。
低い温度の湯で満たされて、少しからだを動かせば、
それはいとも簡単に中身をこぼす。
たぷん。てのひらに掬ってみる。
体温とそう変わらない水温の所為で、掬ったてのひらと湯の境界が分からなくなる。
「狭い」
最初にそう断ったのに、構いやしねえと入ってきたのは晋助だ。
湯船にふたり。わたしを足の間に座らせる。同じ向き。
風呂場でまで煙管を咥えて、甘ったるい煙を吐くそいつは、
けれど平然とそう文句を言ってのけた。わたしは呆れて閉口する。
お互い無言になって、紫煙の行方を目で追う。
おいしいの、それ。問うてみれば、「吸いてえのか」と耳元で声がした。
「興味は、ある」
「やめとけ」
女が吸うもんじゃねえよ。付け加えて、晋助はまた煙管を自らの口へやる。
「女のひとでも吸ってるひと、たくさんいるじゃない」
「お前には似合わねえんだよ」
そう言ってくつくつと笑う。彼に動きにあわせて、温い湯が揺れた。
わたしはつまらなくなって、でもそんなに吸いたいとも思ってないんだよなあと考える。
煙管は、晋助が吸っていればそれでいい。
湯船のふちにかけていた右腕をたぷり、と湯に沈める。
後ろから回された晋助の腕を自分の腰から離して、指と指を絡めた。
「温いね、晋助」
「ああ、狭い上に温い」
細く長い彼の指を探るように触る。
「こうやって温いとさ」
「何だよ」
上半身を後ろに倒すと、またたぷたぷと湯が揺れて、
わたしの背は晋助の胸に当たる。
「どこまでがわたしで、どれがお湯で、どこからが晋助が分からなくならない」
話しながらも動いているわたしの指を鬱陶しいと思ったのか、
晋助がため息混じりに長く紫煙を吐いて、ぐいとわたしの指を手ごと握り取った。
「そうだな、」
コトリ、腕を伸ばして洗面台に煙管が置かれる。
空いた方の晋助の手が、そのまま濡れたわたしの髪を掻き揚げた。
顔が、肩に埋められる。
「分からねえや」
首筋をわたしの体温じゃない、水温でもない熱いものが這って、
抑えたはずの嬌声が浴室に響く。
甘い煙のかおりが鼻を掠めて、大人ふたり、境界が分からなくなる。
溶けていく。
(2010,10,10)