遺伝子の保存

毒々しい色のネオンに窓越しに頬を縁取られたこのひとは、 こちらがアルコールを入れたときのように、ぽうっと不安定になるほど美しい。
美しくて、でもわたしは美しいものが儚いものだと知っている。
「ねえ、晋助さん」
片方だけの、睫毛にたっぷりと光をのせて晋助さんはひとつ瞬く。
彼はいつも言葉を発さず目だけで言葉を促す。
必要の無いことだと思われているのかもしれないけれど、 わたしにとってもそれは必要のないものだった。
「わたし、晋助さんの子供が欲しいなあ」
硝子の向こうで下品な笑い声と車の通り過ぎる音がした。
僅かに晋助さんは身体を揺らす。 ゆったりとした動作は、やっぱり美しくて儚い。
「どうした、いきなり」
真っ直ぐこちらを見て話す彼の目に、 「こっちに来い」、そういわれている気がして、
わたしはふふふと笑って晋助さんの方へ足を運ぶ。
近くへ行けど側には座らず、窓に向かいあわせに立っているわたしを見て、 晋助さんは長く息を吐いた。美しい。
「なんでそんなこと思った」
部屋の中は薄暗くて、外は夜なのに眩くて、
(いや、夜だからこそか)
だから窓に彼の姿もわたしの姿も映らない。 見えるのは、きれいだけど美しくはない夜の街。甘美な光。
「別に、理由はないよ」
「餓鬼なんて、面倒なだけだ」
「自分の子なのに」
まだ出来てもいないのに、わたしは反射的にそう答えてしまう。
美しいひとは流れるような動きで立ち上がり、わたしの側に寄る。 うしろから圧し掛かられるかたちになって、すこし前かがみになる。
背中が重い。わたしではないひとの重み。衣越しに感じる熱。
生きている。
「そんなもん、必要ねえよ」
腰にゆるく回された腕は、なぜかいつも熱い。 腕だけではなく、このひとは掌も胸も腰も口の中でさえいつも熱い。
わたしはその熱に浮かされていつも嬉しくなるのだけど、
その熱は彼をさらに儚いものとしている気がして、今日ばかりは寂しくなった。
「怖いか」
楽しそうに口の端を吊り上げる晋助さんを横目で捕らえて、
笑い事じゃないのにと思う。
いくらこれまで死ななかったからって、これからもそうとは限らない。 するりと、今にも消えてしまうような気がしてならないのだ。このひとは。
怖いよ、素直に答えてみると、案の定俺は死なねえよと返事が返ってきた。
それでも、本人になんと言われようとも、
あなたが生きている(或いは生きていた)証が欲しいんだよなあ。

言葉は、美しいくちづけと共に飲み込まれてしまった。

(2010,10,10)