春の日

まだいちおう2月だというのに、今日はやけに暖かくて、 教室中の窓が開けられている。 真っ白なカーテンがぶわりと持ち上がった。 頭や体に当たるたび、「うっとうしい」と言って沖田はレールの隅に追いやるけれど、 風が揺らすうちにカーテンはその面積を広くする。
「うっぜ」
ついにカーテンは窓に挟まれて外に出されてしまった。そのまま片方の窓が全開にされる。 それで満足したのか、沖田は机に座りなおしてポッキーを一本咥えた。 それわたしのなんだけど。ついでに言えば机もわたしのものだ。
「けちけちすんじゃねえや、はげんぞ」
「な、ひとの食べておいてなにさまですか」
「まあまあ、も食いなせえ」
「だからわたしのだって」
と言いつつわたしもポッキーを口に運ぶ。 机の上にはポッキーだけじゃなくて、ポテチもチョコもジュースもある。 沖田の尻にひかれそうになって、いくつかはさっき隣の机に避難させた。 ジュースをひとくち飲んで、ゆっくり呼吸をする。
まったり、という言葉は今このときのためにあるのだと思った。
「そういえばさ」
「ん」
「来週、卒業なんだね」
「なにをいまさら」
「なんか、今日の日付も卒業式の日付も知ってたけどさ」
「おお」
「来週って、分かってなかったっていうか」
「なんでェ、ばかかィ」
「違いますう。実感わいてなかっただけですうー」
目の前の横っ腹に軽くパンチを入れてみたら、 軽くないチョップが頭に落ちてきた。理不尽だ。
「いったいな」
「自分が悪い」
「だってさ、来週・・・来週って」
風がさわさわと髪を揺らした。
空は青くて、ぽつぽつと雲がかかっていて、飛行機がひとつ飛んでいるのが見える。
目線を下にずらすと、梅の木の頭が少しだけ見えた。もう、花を付けているようだ。
「みんなともお別れだなあ」
「淋しいんですかい」
言葉に驚いて沖田の顔を見やると、素直に問うてくるまっすぐな瞳と目があう。
らしくない、そう思ったのと同時に、 そのままの姿勢で沖田がジュースをすすった。 場違いで間抜けな音。
感傷に浸る間も与えられなくて、思わず笑ってしまった。
「なに」
「ううん、なんでも」
「意味分かんね」
「淋しくないわけじゃないけど、もちろん」
「うん」
「このクラスなら大丈夫でしょ」
ふたりして教室の中を見回してみる。 三日ぶりの登校日に浮かれていたのはわたしたちだけではなかったらしい。 卒業式の予行が終わってからもほとんどのクラスメイトが教室に残って、 お菓子を食べたりゲームをしたり、お喋りに花を咲かせている。
同意見だったらしい沖田は、何も言わずに窓の外に目を戻していたけれど、
その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。 わたしもつられて目を細めてしまう。

お菓子とジュースのにおいに包まれたわたしたちは、 教室に吹き込んだ風が梅の芳香を乗せていることには気付かなった。

(2011,2,3)