アオハル

授業真っ最中な時間に、廊下に突っ立ってひたすら窓の外を眺め続ける生徒がいた。 そいつは自分のクラスの生徒だった。 てくてくと歩いて近寄ってみても、まったくこちらに気付かない。 そんなもの、教師として一応は放っておくことはができなかった。
だから声を掛けた。
「沖田」
「・・・あり、何してんですかい旦那ァ」
沖田はだらしなく桟にもたれていた姿勢を正して、こちらを向く。 さぼり中に担任が現れたことに動じるわけでもなく、感情の読めない顔でパックジュースを一口すすってくれた。まったく。
「それはこっちの台詞なんですけどォ。沖田くん今授業中じゃね?」
「ああ、そうでした?」
「そうでしたじゃねえだろ、今体育だろ。男はグラウンドでこのくそあちい中陸上やってるはずじゃねえの」
「いやあ、実はですねィ旦那、ちょっと腹が痛くって」
「へえ、冷たいジュースは飲めるのに?」
ちらりと目線を落とす。沖田の手の中のパックジュースは、清々しいほどの汗をかいている。
「ありま。じゃあ、体操着忘れたってことで」
「お前ね・・・」
「旦那。旦那はこのくそ暑い中で陸上なんてできやすか」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
時計に目をやる。
「今から行っても、30分の遅刻か」
「もう行かないほうがマシでしょう」
「堂々と言うなっつの」
「20分じゃなんも出来ねえって」
沖田には授業へ参加するという気などないらしい。
「まあ、別に行かないなら行かないでもういいけどさ。もう少し場所を選びなさいよ」
「はあ」
「ここじゃあ、今みたいに廊下歩く教師と出くわすだろ」
「まあ、そうですねィ」
「ほかの教師に見つかると、担任の俺も怒られんの」
「そりゃ大変ですねィ」
「だろ。だからほか行きなさい」
「へいへい」
かかとの履き潰された上履きを引きずりながら、沖田は階段のほうへ消えていく。 最後まで飄々としていたように見えるが、
「さあてと」
さっきまで沖田が張り付いていた窓から下を覗くと、案の定木やら何やらの隙間からプールサイドの一部が見えた。 うちのクラスの女子数名が座って談笑している。
わが校の体育は夏の期間だけ、女子と男子が別れて授業を行う。 女子がプールなら、男子が陸上競技、というように。 だからたまにいるのだ、女子の水着姿を覗こうとするやつが。
「へえ」
沖田本人と喋っているところなんて見たことがないように思えるが、なるほどか。
「青春だねえ」
くっくと笑いが漏れる。
いいものを見せてもらったと思いながら、俺は国語準備室に足を向けた。

(2010,11,30)