お誘いどうも


敷地沿いに植えられた、桜の木の枝を見ながら歩いていた。
適度に水分を失ったみたいな葉がたくさんついていて、
あと数週間もすればばらばらと風に吹かれて落ちて行くんだろう、とわたしは考えていた。 すでにいくつもの兄弟たちが、からからに乾いて足もとに散らばっている。
ねえ、さすがにまだ、早いんじゃない。
そんなふうに少し感傷的になっていたのだけど、後ろからかけられた声のせいで切なさは忘れてしまった。
「沖田。あれ、部活じゃなかったっけ」
「なんかなくなった。てかミーティングだけやって終わった」
振りかえったまま少し待つ。 沖田がてくてくと歩いて来て、横に並んだのでそのまま歩きだす。
「お前こそ半端に遅くね」
「今週掃除当番だったから」
「へェ。つうか、鞄、」
「鞄?なに?」
「よこしなせえ。持ってやらァ」
思いがけない言葉にちょっと笑ってしまう。
たしかに今日は、いつもの鞄にジャージの入ったサブバッグもあって、邪魔ではあるけれど。 でもひとさまに持たせるなんてそんな。
「ええ、いいよ別に」
沖田はちょっとむっとした顔で、でも譲らない。
「なんでィ、優しさで言ってんですぜ」
「だって自分で持てるよ」
「見てて重そうなんでさァ」
「んー」
ほれ、というふうに手を出されしまって、しょうがないので軽いサブバックのほうを渡す。
「じゃあ、お願いします」
沖田は、受け取った鞄と、わたしの肩にかかる鞄を見比べてなにか口を開きかけたけれど
思い直したような顔で「ん」とだけ言われた。
少しゆっくりとした速度で歩いてゆく。
もう秋だね、なんてたわいもない会話をとぎれとぎれにして、 わたしたちはだんだん無言になっていった。
沖田が、なにか考え事でもしているのか、会話に乗ってこない。 なぜかは知らないけれど、とくに追求もせず、黙ったまま駅に向かう。
しばらく歩いて、ふいに沖田が口を開いた。
「うち、寄っていきやせんかィ」
いきなりの提案で、驚いて顔を沖田のほうに向けた。 沖田は顔を進行方向に向けたまま、視線だけ送ってくる。
(ああ)
そういえば、まえのときから結構時間が経っている。 オサソイしたいから、なんとなく静かだったのか。
しょうがないくらい、恥ずかしげもなく襲ってくる時だってあるのに。このひとは。
「うん、行く」
にっこり答えれば、沖田も満足げに視線を前に戻した。

「あ、でも、じゃあさあ」
電車を待っているあいだ、ふと思い立って訪ねる。 今度は沖田も顔ごとこちらを向いた。
「もしかして、したいから鞄持ってくれたの?」
「・・・したいなんて誰も言ってねェですぜ。あと優しさっつったろィ」
「ああ、そうでした」

は、鞄持てばやれるって俺が思ってると思ってんですかィ」
「・・・思わないか」
「思わねえよ」

(2010,11,20)