報われないぬくもり

船のなかを探して探して、 ようやく船首から降りようとしている姿を見つけた。 泣きそうだ、と思いつつ 「おう」と手を振るルフィの腕のなかに飛び込む。 しがみついた背中も、まわされた腕も密着する胸も、 すべてがあたたかくてわたしはまた嗚咽を飲み込む。
「なんだよ、どうした」
ルフィの右手がわたしの頭をなでる。
「なんでもないよ」
指で髪を梳かされる感触にくらくらしながら、 なるべくふつうの声で返事をする。 けれど、どんな声がルフィの耳に届いたのかは分からない。
「なんでもないけど、」
「おお」
「ルフィが好き」
「お?」
「好き」
「そんなこと知ってるよ」
ルフィはからからと笑う。
「うん。でも言いたいの」
「そうか」
「好き」
「うん、おれもが好きだよ」
「好き。好き」
?」
「好き、」
「なあ、やっぱお前今日ちょっと変だぞ。なんかあったのか」
「なんにもないってば」
「でもさあ、」
納得できない、という声。 顔を肩口に押し付けていても、首を傾げた気配が伝わる。
「なにもないけど、ルフィが好きなの」
「ふうん」
「大好き」
「うん」
「好き」
「うん」
「だからね」
「うん」
「だから、どこにも行かないで」
「は?」
「わたしの前から、いなくなっちゃわないで」
「なに言ってんだ?おれはいなくなったりしねえぞ」
「でも、でもね、」
いつのまにかルフィとわたしは見つめあっていて、 自分の姿が映るその真剣な目に、どこか居心地の悪さを感じてしまう。 たぶんそれは罪悪感のようなもの。 服を握る手から力が抜けていく。 それに比例するように、ルフィはわたしを抱く力を強めた。
「どっか行くときは、も一緒だ」
こどもに言い聞かせるように、ゆっくりとルフィは言葉を紡ぐ。
「ゾロもナミも、あいつらもみんな一緒だ。お前を置いて行ったりなんかしねえ」
「うん、」
「だから変な心配すんな。な?」
額にむちゅっと口づけをされる。 大きな手で、あやすように頭をぽんぽんと叩かれる。 けれどどうしても、心に巣食った不安は消えない。
ごめんルフィ。 ルフィはここにいるのに、分かってるのに、なんだかすごくさみしいよ。

むりやりに笑顔をつくって抱きつきながら、
いまのわたしってルフィにすがりついてるみたい、と 他人事のように考えている自分がいた。

(2011,4,4)