煙草じゃなくてほんとは
部活のない生徒はとっくに帰った中途半端な時間、人気のない駐輪場の隅。
校門に向かうと目が合ってしまってから、ここにいたのは失敗だったと思った。
瞬間的に目をそらしたが、は小走りでこちらに近寄ってくる。
「来んなよォ」
言いつつ、煙草の灯を消す。携帯灰皿に吸いがらを仕舞うのと、がそばに立ったのが同時だった。
惜しげもなく出された生足と、スカートの裾が目の前にあるのはなんだかいたたまれなくて
無意識に「よっこらしょ」とつぶやきながら立ち上がる。
にくすくすと笑われた。
「おっさんくさあ」
「余計なお世話ですうー」
「いいのに」
「なにが」
「煙草。気にしなくていいのに」
「ああ、いや、自分の生徒を癌にするわけにもいかねえだろ。くせえし」
「トシのおかげで慣れてるから平気よう」
「・・・」
「あ」
自分の失言に気付き、手を口にやる。その動作はおばさんくさいんじゃねえの、とは言わないでおく。
「・・・お前は自分の彼氏を退学にしたいの」
「やば。銀ちゃん、今の内緒で」
「えーどーしよっかなー」
「なにそれ、いいじゃない。わたしと銀ちゃんの仲じゃない」
「だって校則どころか、法律破ってるからね」
土方が煙草吸ってるのなんて、いまさら言われなくても分かってたことだけど。
「なによう、銀ちゃんだって現在進行形で職員会議さぼってるくせに」
「なんで知ってんの」
「さっき職員室行ったら入れなかったんだもん」
「ああ」
「銀ちゃんも最低だね、会議さぼってまで煙草?」
「・・・え、いやあの」
「煙草って。他にしたいことないの?ていうかこれ、校長や先生たちが知ったらまたうるさいだろうねえ」
姿が見える、とばかりには目をつむってひとり頷く。
「いや、いやいやちゃん、先生は別にさぼってたとかそういうわけではなくてあの、」
「Z組のみんなも、さぞバカにするだろうね」
こんのクソガキ、と俺は思う。
「ああもう分かった!分かったからお前さっさと帰れ」
「うふふプラスマイナスゼロだね銀ちゃん」
「いいから、」
「うん帰るよ、じゃあねえ」
「おー」
はらりと手を振って歩いていく。その後ろ姿を見て、おっさんくさい、ため息をつく。
「煙草でも吸わなきゃやってけねえっつの」
トシ、ねえ。教室じゃ名字で呼んでるくせに。
新しい煙草を咥えて火を付ける。追い風が白衣を揺らしていった。
(2010,11,30)