秘密
生温かい風がゆるゆると、屋上にいる全員の頬を撫でていた。
約束を交わしたわけでもなんでもなく、わたしたちはそこで昼食を共にする。
ときどき、こういうことが起こる。
携帯がポケットの中で震えて、短く返事を打ってまたポケットにしまった。
ひとりだけ違う設定のメール受信音には、もうとっくに慣れてしまっている。
嬉しさをおさえきれずに思わずニヤついて、慌てて口元を隠すことも最近はなくなった。
それがいいことなのか悪いことなのかは、わたしにはよく分からない。
伸ばした足のそばに置かれていた缶コーヒーを一口飲む。
「あってめえ、人の、」
「え。ちょっとしか飲んでないよ」
土方のコーヒーとは言っても、お金を出して買って来たのは山崎だ。
じゃんけんに弱いひとは、若いうちはたいてい苦労をするんじゃないかと思う。
土方は恨みがましい目線をわたしに送る。
「なによう」
「別に」
「土方ってわりとケチだよねえ」
「何にも言ってねえだろ」
「目が言ってんだよばか。じゃあいいよ、代わりにわたしのも飲めばいいじゃない」
ちらりと視線の先がストレートティーに移った。
「甘さひかえめ」
「・・・ふん」
土方がちううと音を立てて紙パックジュースを飲むのを見ながら、
これがもしいちご牛乳とかだったら絶対に口は付けないんだろうなあと思った。
たぶん、わたしが飲んだコーヒーの五倍くらいの紅茶が、だくだくと土方に飲まれている。
「間接ちゅーだね」
丁寧に耳元で教えてあげると、まるで漫画のように土方はむせた。
近藤くんはそれを見て笑いをこらえている。
「コノヤロウ」
「飲みすぎるからいけないのよ」
「んな飲んでねえよ」
「飲んだよ。沖田ならともかく土方にやられると」
「なんだよ」
「いらっとする」
「てんめえ」
「ははっ」
うっかり笑った山崎は土方に蹴りを入れられていた。
同じように笑った近藤くんはもちろん蹴られたりなどしていなくて、
とばっちりだと悲痛な声が響く。
沖田が便乗してちょっかいを出して、土方がさらにおおきな声をあげた。近藤くんがまた笑う。
平和な時間だ。
けれどそう。
たとえば沖田がわたしに姉の死を隠しているように、たとえば近藤くんが国立の大学を目指して陰で猛勉強しているように、
わたしにだって秘密はあるのだ。
まあそれは、わたしがいろんなひとの秘密を知ってしまっているように、みんなにも既にばれてしまっている可能性だってあるのだけれど。
秘密の質が違うと、言われてしまうかもしれないけれど。
甘ったるい背徳に満ちた、「禁断」でくくられる秘密を胸に抱きながら、
わたしは近藤くんたちにつられて笑う。
それぞれの秘密を胸に抱えた誰もが、素知らぬ顔で一緒に笑っている。
ほんとうに、平和な時間だ。
(2010,10,31)